下界、特に日の国では今月のことを師走と呼ぶらしい。「師が走る」まさにその言葉通り、人間は本当に忙しなくそこらを駆け回っている。 冥界も例外ではなく、年の瀬ということでみんな今まで溜めてきた書類整理や各々の部屋の大掃除などに奮闘している。 普段仕事でミスの少ない鬼男先輩もこのときばかりはやることが多すぎてうっかり変なことをやらかしたりする。(いつもならレアだ!とかいえるのだけれど、このときばかりは心配になる) 「ねーねー鬼男くん、これいるの?」 「…なんですか、それ」 「えーっとね、2007年度なんちゃらかんちゃらとかいうやつ」 「2007年って来年じゃないですか!いりますよ!」 「鬼男先輩、2007年は去年です…」 「…そうだっけ」 ちらりとカレンダーを見て悔しそうにあぁもう!と叫ぶ鬼男先輩をなだめながら大王にそれは捨てても大丈夫です、と伝える。 正直この時期は私が一番忙しい気がする。普段大王のかわりに膨大な仕事をこなしている鬼男先輩がこの調子なら、仕事は必然的に第二秘書の私に回ってくる。 さっきも資料室へいって来年輪廻する者たち、来年こちらへきてしまう予定の者たちの予定表をまとめてきたところだ。 「大王、それは違います!」 「そうなの?もう、無理。わかんない」 「それはいいんで、こっちしてください。あとで飴あげますから!」 「はいはい…てか俺って飴で釣れると思われてんの…?」 ぶつぶつと文句を言いながらも、大王もさすがにふざけている場合ではないことを認識しているみたいで、私の言ったことは大体こなしてくれる。 私も自分のものと、鬼男先輩のものを少しだけれどこなしていく。そんな感じで、今年分の仕事はようやく夜になって全部片付いた。 私は最後まで残って仕事をしていた鬼男先輩と大王へ年越しそばを作って、二人のいる仮眠室へ持っていく。 「こたつで寝てたら風邪ひきますよ」 「ん…、ですか」 「はい。年越しそば作ってきたんですけど、食べますか?」 鬼男先輩ははい、いただきます。と言って私からお椀を受け取る。大王はまだ寝ている。よほど疲れたんだろうな、と思って近くにあったブランケットをかけて、一応大王の前にそばを置いておく。 ずるずると麺をすする音が二人分、仮眠室に響く。特に話すこともないし、二人とも疲れきっているのもあって、麺をすする音以外は特に何も聞こえない。たまに大王の寝言が聞こえるくらいだ。(素敵な恋がしたいとかなんとか言ってた) 「って案外料理上手いんですね」 「え、あ、そうですかね?」 「はい、美味しいですよ」 「…よかったです」 顔が赤くなっているだろうからうつむいて自分の分のお椀を見つめる。普段、大王へ辛辣にあたっている姿しか見ないので、 こういう優しい鬼男先輩はなんだか新鮮なのだ。?と鬼男先輩が少し心配そうに声をかけてくれたので、私は思いっきり顔をあげる。 顔をあげるとふふ、と笑う鬼男先輩が目に入る。 「麺、伸びちゃいますし、大王たたき起こしますか」 「え、でも気持ちよさそうに寝てるし…」 「でも麺が伸びてたらまた文句を言うと思うので」 なんだかんだ言って、大王のことよくわかってるんだなぁと思うとなんだか自然に笑みがこぼれた。気持ち悪いですよ、と言われたけど今日くらいは気にしないことにする。 私がそばを全部食べ終わるくらいにやっと大王は起きたみたいで、わ、そば!やっぱ年越しはそばだよね!とか言いながら笑顔でそばを頬張っていた。 鬼男先輩の方を見ると苦笑いしながら大王を見ていた。やっぱり私、この二人についていてよかったなぁ。 「あ、雪。ちゃん、雪だよ!」 「そうですね」 「そろそろ下界じゃ除夜の鐘とか鳴るんじゃないですか」 「え、まじで?紅白とか終わっちゃった系?」 「とっくに終わってますよ。と楽しく見ました」 「ちくしょー!」 「うそですけど」 「なんだよそれ!」 そんなやり取りをしていると、遠くから鐘の音が響いてきた。今年も終わりだなぁとしみじみ思いながら窓の外を見る。 雪もちらついていて、なんだかいい感じだ。やっと休みがくる、と思うと気が緩んできてだんだん眠たくなってきた。 机に伏せそうになったとき、いきなり耳元でぱぁんと音がなる。 「ハッピーニューイヤー!」 「何してんだこのイカが!の鼓膜破けるだろうが!」 「せめて大王つけようよ…ていうか今年の第一声から辛辣だな、君…」 状況が読み込めなかったが、なんとなく察しはつく。大王は鬼男先輩に辛辣な言葉を吐かれたにもかかわらず、にこにことこっちを見ている。 確かに鼓膜が破れるかもしれないので、耳元でクラッカーはやめてほしい。だけど、多分それほど祝いたかったんだろうなぁと思うとなんだか嬉しくなった。 「あけましておめでとうございます、大王、鬼男先輩」 |